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してやられる

Acconci_seedbed_1972

いろんなことに対して寛容になっているつもりでした。

経験したことがないこと、見たことがないもの、自分が慣れていないことやものに対して、
ただ「わけわかんない、理解できない、なんとなくいやだ」に逃げてしまうことは、
もしかしたら面白い経験ができるかもしれない可能性をただ捨てることだ、と思います。
それはそれで別にいいんだけど、もったいないなぁと思います。

アートは頻繁にそういう対象になります。現代美術は特に。
私もちょっと苦手かもな、と思ってたんだけど、これはこれで色々勉強したら楽しいもんだと思いはじめてました。
でも最近、授業で扱う時代がどんどん新しくなるにつれて
さすがにもう
クレイジーだ…としか言えなくなってきました。

この写真、1972 年のVito Acconciという人の展示の様子です。
場所は美術館なんだけど、彼の目的は展示室内にはありません。
向こう側の床にちょっと傾斜がかかっているのがわかるでしょうか。
実は彼がその床の下にいます。
美術館が開いてから閉まるまで暗い床下で一人寝転がって、
ひたすら自慰行為に励んでいます。
だいたい8時間くらい。
ちなみに週2(意外にレア)。
その環境、状態それ自体が彼の作品です。

歴史家や批評家は色々とその意味や意義やなんやらそれらしいこと言うんだけど、

いやぁ、

ただの変態でしょ。

まじめに勉強してる方がばかみたいに思えて、なんかもういいやってなります。

きっとばかなんだな、みんな。
あはは、笑っちゃお。





fig. Vito Acconci, Seedbed, activity/installation at Sonnabend Gallery, NY., twice a week, 8 hours a  day, Jan. 15-29, 1972

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