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2011年3月

ただ考えているだけ

近頃の、自粛とか中止とか、色々なこと

作品自身に良いとか悪いとかなくて
ポジティブにもネガティブにも力を増長させてしまうタイミングがあるのだという事を感じている

ただあるだけで人の心をつかんでしまうような、すぐに何かに走らせてしまうような
強い力を持っている作品を扱う事の難しさ
出し方ひとつ、言葉ひとつ

周りを見ると、色んな人が色んな立場で色んな事を発している
それは自分にとって納得のいく答えを探せるという意味で良い事でもあるけど、
自分が何を信じたら良いのかわからなくなって、混乱もする

言葉や伝え方によって伝わるレベルが違うけど
色々考えて足踏みしてないで、危ないかもしないけどそうゆうのもう良くて、
ぎりぎりアウトぐらいのところで叫んでる人はかっこ良く見えてしまう

http://www.youtube.com/watch?v=7E6huKlEjl0&feature=related

汗なのか涙なのかわからないんだけどきらきらしすぎてる

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だいたい20日目

建てない建築家で、都市型狩猟採集生活の推進者、坂口恭平さんの動向が気になっていました
一時は彼の著作の一部分がスキャンされて、ツィッターで流れたりしてましたが
彼自身は活動拠点を地元である熊本に移したそうです

メディアや周囲の人に流されるのではなく、
自分自身の直感と、守りたいと思う人への気持ちを強い軸にして行動に移す足の力は
近頃報道が少なくなってきて、それに流されて危機感をなんとなく薄れさせていた私にとって
どきっとさせられるものでした

http://www.0yenhouse.com/zerojuku/chapter5.html

私はどんな場面でも、根拠なく「まぁ大丈夫だな」と思ってしまう傾向があるのだけど
それは、放っておけば杞憂につぶされてしまうような自分の精神を守る一つの方法として、反射的にそうなってきた部分があったのだと思います
しかし、こういう非常事態には柔軟に対応しないと、後で取り返しのつかない事になるのだと
警告してくれるオルタナティブな人やメディアもあるという意味で
日本はすばらしい国だと思います

自分の身は自分で守らねばね
信頼できる情報源を自分で決めて、あとの行動は自己責任で

私は東京を出る事はないけれど、ちゃんと水を買おうと思います

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とてもささいな事ですが

今日は京王永福町の駅ビルのオープンの日でした

永福町駅は、私が引っ越してきた1年前から全面工事に入り
永福町唯一のスーパーである京王ストアも、縮小バージョンのプレハブで1年間営業していました
優良大型スーパーイトーヨーカドーを有する武蔵境から引っ越してきたばかりだった私は、
コンビニに毛が生えた位の京王ストア(仮)を目の前に、あと1年ここで買い物するのか…と残念な気持ちになりました

駅という事もあり、工事は終電が終わった後の深夜から朝にかけて行われていました
私の家は駅にとても近いので、工事の音がうるさく、結構迷惑だったのですが
1年経ったらそれにも慣れました

この間の地震の後も工事は続きました
たまに大きめの余震があったりすると、スピーカーで「しばらく待機してください!」みたいな声がして、朝方起きてしまい
ついでに誰か足場から落ちやしてないかと心配したりしました

3日前、いつものように京王ストア(仮)に行ったら、「閉店します」と書いた紙が貼ってありました
狭い店なので、1年間通うと店員さんの顔も覚えて、なんとなく私生活まで想像してたのに
突然閉店するなんて!と、思ったより喪失感が大きくてびっくりしました

そして今日、予定から一日の延期もなく無事オープンを迎えた駅ビルでは、
多くの店舗でオープンセールが行われ、ピカピカの新京王ストアにはずらりと食品が並べられていました
他の地域とかなり温度差のある感じで、たぶん「空気を読んでない」みたいな苦情とかもあるのでしょう

でも、1年間夜通しで、しかも最後は余震の中工事を間に合わせた大工さん
ガソリンない中きちんと運んで納品した運送業者さん
狭い京王ストア(仮)で働き続けたおばちゃん達
そして今日から新しいところで働くぞって決めて声出してる新しい店員さん達
ちゃんと予定通りオープンする事に決めてスケジュール管理した人
本当、おめでとうお疲れさまって思います

しばらくは
深夜の工事の音がない事とか、狭苦しい京王ストア(仮)とか、無愛想なおばちゃんがもういない事に、ちょっとした喪失感を感じそうですが
京王永福町駅の新たな門出を陰ながら祝福しています

お世話になってます
これからも使いますよ









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リマインダー

Girlfriends forever!展@トーキョーワンダーサイト本郷
27日で終了です!
閉館時間がちょい早まって、11時〜17時。
26日は特別に、キュレーター兼出品作家の村上華子がカタログ販売をしますよー。ついでに26日は私も一日いる予定。おヒマならおしゃべりでもしましょう。
何回見ても無料!
じゃんじゃんいらしてね!!!

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未来形過去

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Mさんは、「僕はいつも何かがやってくるのを待ってるんですよ」と言ってた
それはただぼーっとしてるわけじゃなくて、
その時のために備えて常に準備万端な状態にしておくという事
すべての過去は未来形

芸術は、いつどんな形で力を持つか予想がつかない
何十年も何百年も先になってやっと、という事もある
ものとして残すという事は、そういう可能性に対してオープンでいる事だ

このごろ、ものの見えかたはその時々の状況により変わるものだと実感する
だから、あれが好きとかこれは嫌いとか考えずとにかく沢山見ていると、予想外の出会いがあったりして本当に勉強になる

何をどう見ていいのかわからないという人
別になんだって良いと思う
ただ、きれいとか素敵とか、そういうのとは別の感情
例えば気持ち悪いとか違和感があるとか、怖いとかぞくぞくするとか悔しいとか悲しいとか、そういうのが生まれたら
それにはきっとちゃんと理由があるので
なんでそう思うんだろうと考えてみたら、案外自分が見えてくるかも

Fig: ヤノベケンジ<トラやん> 富山発電所美術館 2010

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はやめのナイトクルージング

エゴラッピンではじまった今日はフィッシュマンズで終わりそうになっている
ここぞというタイミングで色んな事が頭の中を訪問してくるのに
それをつかまえきれないでただ流し見しているという感じ
そうしてるうちに全部忘れてしまうかもしれないな

もう、地震の事はどうでも良くなってきている
いつでも、ほとぼりがさめた後に帰ってくる彼に対してたいした言葉が出ないのだけど
ただ「私は元気でした」という以上はいらないかもしれない
あと数日、静かに待つ

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みんな彼を太郎と呼ぶ

気になってしまい色々と見てみる

ほぼ日、敏子さんのインタビュー
http://www.1101.com/taro/kotodama/2003-11-04.html

なんだかすごくすごく魅力的に思えてきた
やはり、何十年間も大勢の人を惹き付け続ける引力はものすごいものがある

子供の名前は太郎にしたいと思い始めた




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日本、万博、原子力

高嶺格展@横浜美術館

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半旗のあがる土曜日、横浜は平和
終了前日にすべりこむ

久しぶりに心がぐぅっと動いた
それは、良いとか面白いとか感動するとかじゃなくて、
なんとなく嫌だな、気持ちが落ち着かないな、という感じ

でもこの感覚はたぶん大事なので、これは何だ、何でだ、としばらく考えた結果
たぶん超個人的な嫉妬だろう、という結論に至ったので
この部分に関しては人に対してえらそうに何か話したり書いたりできないなと思う

作家のプライベートな部分が作品から感じられるというのは私にとってとても大事なポイントなんだけど、
見えすぎたり、見えるものが予想を超えなかったり、嫌いな種類のものだった場合、とたんに「勝手にやって下さい」みたいな気持ちになってしまう
そう考えると、私は自分が受け入れられるものだけを受け入れられる分だけ見て気持ちよがってる身勝手な観者だと思う
でももしかしてそこまで計算されていたとしたら、と考えるとぞっとする

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平和な空き地
ロモカメラのアプリで撮ってみたけどあまり使いこなせてなくて、
結局後でPCで加工したくなる

岡本太郎展@国立近代美術館

三連休、太郎展だけ開けている

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近美がこんなに混んでいるのを初めて見た
上野の印象派展とか、そういう類いの混みよう
みんなちゃんとデートとかしてるんだなぁと思う
でも逆にこんな時だからなのか

展示は、絵画も立体も質量ともに充分だし、インテリアなどもありバランスが良い
そしてかなり意識的にメディア露出をしていた作家の著作や言葉、映像がちりばめられていたのも良かった

渋谷駅の<明日の神話>や、青山こどもの城の<こどもの樹>の縮小版が展示されていた
芸術を公衆に、広範に、という作家の意志をついだ設置場所なんだろうと思う
それでも会場からは「こんなの渋谷にあったんだ、気づかなかった」という声が沢山聞こえてきて、渋谷駅でも気づかないものか…と残念な気持ちになる

ただ、「これを機に知った」というにはあまりに絶妙なタイミング
<明日の神話>の真ん中には、核爆発で身体の中から分裂した人の姿がある
それを今見ると、本当に身に迫るものを感じる

万博公園を設計した建築家の浅田孝は、「人類の進歩と調和」の裏でやはり未来に危機を感じていたらしく、原爆時代は原子力時代によってただしく克服されなければならないと言った

今、1960年代に「明日」と設定された時代が来ているのだろうけど
たぶん、そこで提示された危機は、今ただしくは克服されていない

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それにしても、すごい人気
グッズも売れる

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ガチャガチャもある

沈黙、自粛、停滞、などど世間では言っているけど、ここではみんな元気にお金を使っている
岡本太郎が時を越えて、危機の日本を元気にしてくれてる、と思う
芸術作品は、どういう時に、どのような形で力も持つか分からない

「今こそアートのちからを」という言葉を最近よく耳にするけれど
それにはたぶん色んなタイムスケールの、色んなレベルのものが考えられて
今この場ででしかできないような、即効性のあるコミュニケーション的なものもあれば
長い時間をかけて熟成されてたものが今とても沁みてくる、みたいなものがあるんじゃないかと思った

浅田孝の言葉、印象に残った部分のメモ

原子爆弾は一瞬にして、都市を焼野に化してしまう。文明の担い手としての建築家は、それに耐えられぬものと感じなければならないはずである。しかし、日本では、いにしえから一夜にして都市が焼け、一朝にしてバラックが建ち並ぶという事がくりかえされていた。日本が誇る、いわゆる精神文化なるものは、その上に立つ無常感にささえられて発達してきた。従って、日本の建築家は、西欧や中国に比して、「文明を築き上げる」という責任を強く感じていなかったのではないだろうか。原子力時代といっても、所詮それは「文明」の問題である。原爆時代を克服するために、建築家はその責任を強く自覚しなければならない時が来ている。

                                 浅田孝「原爆時代と建築」『新建築』1955年8月号、79頁

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Pray for

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ドラマとか映画みたいなセンセーショナルな映像がひたすら流され
色んな利害関係の中で「お祈り致します」という台詞が連発される中
地震がおきた時間に行われる被災地での黙祷の映像だけは、とてもリアルな感じがする

あんな風に目を閉じてじっと何かに想いをこめたりするのは、大人のする事だなぁと思う
祈る気持ちっていうのは、たぶん年齢を重ねるだけ、辛い記憶や、幸せでいてほしい人が多いだけ強くなるのだろう

思い出してみたら、私も11日はちょっと祈ったかもしれない
どうか自分の家族だけは無事でいてください
東京と群馬には来ないでください、と
私は日本中の人の無事を祈れる程大人になれていないなぁと思う

最近は、あまり何もせずに過ごしている
普通通りではないけれど、
誰かに何かをしてあげてるわけでもなく、特別何かをがんばってもいない
そんな状態が嫌だなぁと思っている

素敵な音楽や楽しい気分になるエンターテイメントは必要だ
本当は元気な人まで沈んでたら良いことない
できたらみんな楽しく笑っていてほしい

Fig. 石井一男<女神>

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4日目

昨日は丸一日テレビを見続けたんだけど
それでは偏ってる気がして、ネットで海外の新聞をいくつも見たり、ツィッターで被災者の声や原子力の専門家の分析を読んだりしてたら
トラジェディックな映像に衝撃を受けたり、繰り返される警報に神経を尖らせたり、刻々と更新される色んな方針をフォローしなければならない気分になることに予想以上に疲れたので
今日は外に出て、ニュースから遠ざかってみた

放射能とか、できたら避けたいけど、なんかもう仕方ないような気がしてきたし、節電なんて家庭より先に家電量販店やらパチンコ屋やらが言われなくてもするべきだったんだし、人がこれに気を付けろこれは大丈夫かとか色々言うのももう自分で勝手に考えてって感じで、すっかりなげやりになっている

こんな時こそ美術館行ったり良い音楽を聞いたり楽しい話聞いたりいつも通りのドラマとか見て明るい気持ちになりたいのに
どこもかしこもひっこんで延期やら自粛やらするので、仕方ないから実家に帰って免許の更新する

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横浜、東京

3/10

時間があいたので横浜へ
横美は休館日だった

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しばらく呆然とした後、せっかくだからとぐるり観光

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今日はコスモワールドも休園
びっくりするほど寒い

結局原美術館と目黒区美術館に寄る
あまり期待してなかったけど、「包む」展とても興奮した
渋谷で変態と会い、女子的な場所で食事しながら風俗のシステムの話を聞く
誕生日だと言ったらおごってくれた

3/11

ガールフレンズ展のカタログ製本作業@TWS本郷
単純作業はのってくると楽しい

途中で大きな地震にあう

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なんとなく、みんな外に出るが、外が安全とも思えない
電線がぐわんぐわんと揺れて、そこに停まっていた鳥がからまりそうだったのが目に焼き付いている

夜、交通機関がまひしたので、作家さん二人とともに水道橋から新宿まで歩く
みんな淡々と歩く、混乱はそこまでない
すぐに閉めた店もあれば、普通に働いてる人達もいる
防寒着を買おうと服屋に入ったら、あっけらかんと「いらっしゃいませーどーぞごらんくださーい」と言われびっくりする
レンタカー屋でも、コンビニでも、ホテルでも、駅でも、バスターミナルでも、
異常事態の中、沢山働いている人がいる

普段から書類で溢れてるバイト先の事務所はとにかく悲惨な状態
来れなくなったり帰ったりしたスタッフのかわりに片付けの手伝い
とまった業務の整理
災害時、色んな場所の業務が停まる事で経済が停滞する事、海外に頼る事で、国の損失はどんどん大きくなる
現場に行く事や募金とか、被害の大きい地域を直接的に助ける方法もあるけど
できるのなら、自分の職場をきちんとまわす事も大事なのだと感じる

24階は揺れるけど、建物は安全
ひとまず社長宅に泊まらせてもらう

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整理を一通り片付け、4時頃
TVを見ながら軽い酒盛り
さらっとした人達
作家さん二人も加わって、これは何の縁か、という感じ

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会社唯一の自慢の夜景
東京タワーは先っぽだけ
この後すぐ、とても綺麗な日の出が疲労困憊の作家さん二人を元気づけた

結局そのまま次の日の夕方までバイト先を手伝う
女子スタッフは、家から出るなという家族からの指示に従っている様子
私はスタッフにかたっぱしから連絡を取りながら、
自宅に携帯を忘れたバカ母がやっと実家に向かったというのを聞いて安堵
普通は親が子供を心配するんだろうに

お客さんも、半数は予定通り来る
結婚式の話をしにくる人達に、いつも通り「いらっしゃいませ」と対応する
いつも色んな事が同時進行なのだ

お家に帰ると一人になり、TVをつけてぼんやりする
警報が鳴っても神経が尖るだけであまり良い影響はない
ツィッターも別に必要ない
思い切ってTVを消したらとても静かで、ぐっすりと眠る

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神戸、広島

3/2ー3

夜行で神戸へ

街が新しくてびっくりする
1995年でリセットされたのがよくわかる

兵庫県立美術館は、HAT神戸という一帯にある

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HAT神戸は、震災からの文化復興のシンボルとして作られた新都心で
美術館の横には、公園、野外演劇場の他、防災センターや医療機関が連なる
安藤忠雄の設計

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だだっぴろい

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なんの為にあるのかわからないけど、ずどっと伸びる柱

うまい言葉が浮かばない

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すごく速く動く部分と、すごくゆっくり動く部分と、
全部含めて神戸なんだな、と思う

そんな中、M氏の20世紀へのレクイエムが響く
戦争ではもっともっと沢山の人が亡くなったのだ

まいこに誕生日を祝ってもらい、わりとすぐに寝る

3/4

バスで広島へ

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路面電車をうまく乗りこなせずに、相当歩いて広島市現代美術館へ

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サイモン・スターリングの、能面プロジェクト
ある作品と作家の裏に、原爆実験、核開発合戦、プロパガンダ、
政治とお金をめぐるごちゃごちゃがある
リサーチ自体興味深く、それにアーティストとしてのイマジネーションを加えて巧みに視覚化している
広島という場所でやる事の意味もわかる
プロジェクトとしては、深く考えさせられる、秀逸なものだと思う
でも、違和感がとれない

何への違和感かとずっと考えていたのだけど
たぶんそれは、作家自身の存在感だと思う
これをやっているあなたな何なんですか?みたいな

作家が日本人なら、こういう視点は持てない気がする
アメリカ人がこれをすると、偽善に見える
私は作家自身をよく知らないけど、ヨーロッパの人がこれをするのは
一体どういう事なのかしら、という事

ついでなので、原爆ドームへ
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花は絶えない

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千羽鶴、平和、PEACE、ハート、鳩
もはや記号としてあるだけのように見える

小学校の時、夏休みの宿題で平和ポスターコンクールへの応募というのがあったのを思い出す
ある年、夏の晴れた日に、にやにやしながら布団で寝ている女の子を描き、「幸せだなぁ」というコピーをつけたポスターを描いて、私は落選した
理由は、幸せな根拠がはっきりしなかったからだと思う

次の年、私は原爆ドームをど真ん中に配置し、まわりで老若男女がしゃべっている様子を描き、「伝えようヒロシマ」というコピーをつけたポスターでとても大きな賞をとった

今考えると、
前者の、「こんな天気の良い日に家でうとうとできるなんて幸せだなぁ」という、なんでもない事に対する幸せ感が、平成の群馬で生まれ育った私にとってリアリティのある平和だったのだと思う
ヒロシマを伝えられた事もないし、伝えようなんて言える立場でもないこんな私が打算で描いたポスターを入賞させた群馬県の教育委員会は、一体どういう子供を育てようというのか

群馬の公立小学校では少なくとも、戦争に関してたいした教育を受けなかった
それなのにポスターなんてなんの為に描かせているのか分からない
被害者としても加害者としても実感を失った、私を含む平成の子供に、
戦争は良くない、みんなで仲良く平和にという形骸化した言葉やマークで表す他に、ちゃんと何かを実感させるやり方はないのだろうか
他の国や地域でどのような教育が行われているのか興味を持つ

留学先の大学で、「第二次世界大戦」という政経の授業を取っていた日本人の子が
原爆投下は正当であったという教育的バックグラウンドを持つクラスの中で、唯一のアジア人としてとても片身の狭い思いをしたと言っていたのを思い出す

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いつのまにか三月

色々な事が重なって、ここのところ早起き&遅帰りの日々だったのが少し落ち着いた
久しぶりにほぼ丸一日空いた(予定していたものをさぼった)らだらだらと寝てしまい、ちょっとぐったり
前何に使ったか忘れたけど、余ってた生クリームを泡立てたりした

テレビの話
最近は面白いドラマがなさそうだなぁと思っていたらあった
三浦春馬が先生のやつ、びっくり面白いね
少女漫画と昼ドラと韓流ドラマをぐちゃぐちゃ混ぜていいとこ取りした感じというか、
ここまでやられるとキッチュで笑える

一方、
シャキーンザナイトが終わるらしい
へんちきりんですてきな木の下に集まれなくなる
だから近頃もっぱらほぼ日の気まぐれカメラ
動物を見るとほっとする
糸井重里の言葉も、絵本のようでとても良い
ムーミンを思い出す

今からシャワーを浴びたら夜行バスで神戸へ
24度目の誕生日はひとり神戸でむかえます
いえ、旧友のM氏の元です
例年のごとくひどく寒いのでしょうね
しかし春遠からず!



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