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日本、万博、原子力

高嶺格展@横浜美術館

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半旗のあがる土曜日、横浜は平和
終了前日にすべりこむ

久しぶりに心がぐぅっと動いた
それは、良いとか面白いとか感動するとかじゃなくて、
なんとなく嫌だな、気持ちが落ち着かないな、という感じ

でもこの感覚はたぶん大事なので、これは何だ、何でだ、としばらく考えた結果
たぶん超個人的な嫉妬だろう、という結論に至ったので
この部分に関しては人に対してえらそうに何か話したり書いたりできないなと思う

作家のプライベートな部分が作品から感じられるというのは私にとってとても大事なポイントなんだけど、
見えすぎたり、見えるものが予想を超えなかったり、嫌いな種類のものだった場合、とたんに「勝手にやって下さい」みたいな気持ちになってしまう
そう考えると、私は自分が受け入れられるものだけを受け入れられる分だけ見て気持ちよがってる身勝手な観者だと思う
でももしかしてそこまで計算されていたとしたら、と考えるとぞっとする

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平和な空き地
ロモカメラのアプリで撮ってみたけどあまり使いこなせてなくて、
結局後でPCで加工したくなる

岡本太郎展@国立近代美術館

三連休、太郎展だけ開けている

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近美がこんなに混んでいるのを初めて見た
上野の印象派展とか、そういう類いの混みよう
みんなちゃんとデートとかしてるんだなぁと思う
でも逆にこんな時だからなのか

展示は、絵画も立体も質量ともに充分だし、インテリアなどもありバランスが良い
そしてかなり意識的にメディア露出をしていた作家の著作や言葉、映像がちりばめられていたのも良かった

渋谷駅の<明日の神話>や、青山こどもの城の<こどもの樹>の縮小版が展示されていた
芸術を公衆に、広範に、という作家の意志をついだ設置場所なんだろうと思う
それでも会場からは「こんなの渋谷にあったんだ、気づかなかった」という声が沢山聞こえてきて、渋谷駅でも気づかないものか…と残念な気持ちになる

ただ、「これを機に知った」というにはあまりに絶妙なタイミング
<明日の神話>の真ん中には、核爆発で身体の中から分裂した人の姿がある
それを今見ると、本当に身に迫るものを感じる

万博公園を設計した建築家の浅田孝は、「人類の進歩と調和」の裏でやはり未来に危機を感じていたらしく、原爆時代は原子力時代によってただしく克服されなければならないと言った

今、1960年代に「明日」と設定された時代が来ているのだろうけど
たぶん、そこで提示された危機は、今ただしくは克服されていない

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それにしても、すごい人気
グッズも売れる

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ガチャガチャもある

沈黙、自粛、停滞、などど世間では言っているけど、ここではみんな元気にお金を使っている
岡本太郎が時を越えて、危機の日本を元気にしてくれてる、と思う
芸術作品は、どういう時に、どのような形で力も持つか分からない

「今こそアートのちからを」という言葉を最近よく耳にするけれど
それにはたぶん色んなタイムスケールの、色んなレベルのものが考えられて
今この場ででしかできないような、即効性のあるコミュニケーション的なものもあれば
長い時間をかけて熟成されてたものが今とても沁みてくる、みたいなものがあるんじゃないかと思った

浅田孝の言葉、印象に残った部分のメモ

原子爆弾は一瞬にして、都市を焼野に化してしまう。文明の担い手としての建築家は、それに耐えられぬものと感じなければならないはずである。しかし、日本では、いにしえから一夜にして都市が焼け、一朝にしてバラックが建ち並ぶという事がくりかえされていた。日本が誇る、いわゆる精神文化なるものは、その上に立つ無常感にささえられて発達してきた。従って、日本の建築家は、西欧や中国に比して、「文明を築き上げる」という責任を強く感じていなかったのではないだろうか。原子力時代といっても、所詮それは「文明」の問題である。原爆時代を克服するために、建築家はその責任を強く自覚しなければならない時が来ている。

                                 浅田孝「原爆時代と建築」『新建築』1955年8月号、79頁

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