« ただ考えているだけ 2 | トップページ | さいきんの興味 »

ほんじつの映画

ピュ〜ぴる@ユーロスペース

とにかく涙がぼろぼろ出て、しばらく止まらなくてどうしようかと思ったけど左右の人も泣いていたから、やっぱりみんなにとってそういうものなのだと思う

個人的には
ゲイとか性同一性障害とか、そういう事を何か特権のように主張するものは好きではない
コンプレックスとかトラウマとか、特別な体験とかをことあるごとに引っ張りだしてくるものも好きではない
その背景を知って初めて作品を分かったように見る鑑賞者も好きではない

「それで?」と思ってしまう

でも、彼女の場合、美というものに対するとても高いセンスとこだわりと、
しかもそれをきちんと質の高い作品にする技術を持っているのが分かって
それだけで、安心感というか期待感みたいなのがすぐに生まれた

表現者としてのエネルギーの大きさと強さ
「とにかく、やらなきゃいけないんだよ」と言ってた
「芸術の場合、他の誰からも求められなくてもやらなきゃいけない時がある」と言っていた人を思い出す
家族や近所の人に何と言われても

作るという事
毛糸で何かを編む、鶴を折るという行為
黙々と、頭を空っぽにしてただただやり続ける、根気のいる作業
それをさせる原動力というのは
誰かを想う強い気持ちなんだろうと想像した

だって、恋をしている彼女はとてもエネルギッシュに見えた
そのエネルギーは、ポジティブなものとネガティブなものが、同じ位の強度であるのだろうと思う
嬉しいけど悲しい、愛してるけど憎い
そういう時「もう作るしかねぇ!」って思って、黙々とちくちくちくちくとするのは、とても女性的な行動だと思った
男の人は、恋をすると、その相手をモデルにしたりインスピレーションを受けて作品を作ったりはするけど
その人への愛憎入り交じった感情をぶつけるように作ったりはしないような気がする
(これは勝手な想像なので、ジェンダー系の人とか、どうか怒らないでほしいのだけど)

そして撮り方
ドキュメンタリーは、あまりにプライベートな所にまでカメラを持ち込むけど
そのあやうい所で監督と対象との関係性がよく分かってしまう
このドキュメンタリーの監督と対象は、その辺で
長年の友達としての信頼関係とか、お互いへの気遣いとか、そういう暖かさが見えた
出ている人も撮っている人も、素直に彼女を見守っているのだと感じた

そういえば私も昨日の夜中、どうも落ち着かなくて
「こういう時は手を動かすしかねぇんだな」と思って
手紙を書いたり、紙をちょきちょきぺたぺたとやったりしていた
それが何になるというわけではないけど、人に迷惑をかけずにエネルギーを発散する方法としてずっとやっている事

今度は鶴でも折ろうかな

http://www.p2001.com/index.html

|

« ただ考えているだけ 2 | トップページ | さいきんの興味 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/421501/39550975

この記事へのトラックバック一覧です: ほんじつの映画:

« ただ考えているだけ 2 | トップページ | さいきんの興味 »