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13日の金曜日

少しだけ実家に帰っていた
群馬は、空気とか水とか花とか匂いとか色とかみずみずしくて、私はとても良いと思う

家族とも仲良くやっている
父との情報共有度がとても高い事に驚く
テレビを見て映画を見てあっというまに二日過ぎ、すんなり帰京

アールブリュット展@埼玉近美
ヘンリーダーガー展@ラフォーレミュージアム

学部のはじめの頃、絵を手じゃなくて頭で考え始めたくらいの時に見て、顔面パンチを食らったような衝撃を受けた
それは単純に、徐々に頭でっかちになりつつある自分へのアンチのように思えたから

今になって見たら、これらが持つ価値というのが、なんだかとても良く分かる気がした
自分が絵を描く立場から心理的に十分に離れた証拠だと思った

美術館に展示されるレベルの作品というのは、美的なクオリティは十分高い
これは、普通の作品でも一緒の事
(アールブリュットだからといって、「下手」とか「子供みたいな絵」とか、そういう事じゃない。)
プラス
性格的な事
まず、私たちが普通いまここの自分の行為を規定する為に依拠する大きな歴史を持たないという事の、想像を越える不安定さがある
そして初めて、代わりに自分自身を今ここだけで規定する為の身体的行為の中の
非合理な決めごと、法則、リズム、規則性ができる

彼らの合理/非合理と、私たちの合理/非合理の間には決定的なズレがある
だから(私たちにとって)非合理な法則に則って成立するイメージは、私たちの想像を越えて、裏切って、脇腹にパンチを食らわしてくる

成長した私は、オッケーオッケー、と平静を装って美術館を出たものの
いつのまにか脇腹に痣ができてたのか
次に別の美術館で見たコンセプチュアルな写真の展示なんてさっぱり面白くないと思ってしまった

こういう機会は定期的にあると、ついつい頭をもたげて歩いてるところにパンチをくれるので助かる

そんな午前を過ごしたあと、午後、「思想史の視覚化」などという
頭が1トンくらいになるものを考えはじめた
やはり私には歴史が必要で、
というかそうできるのだから、手を動かすのは本当にたまにで良い
パンツを脱ぐのは、それがたまにだから高揚するので、普段から素っ裸で歩いていても意味が無い
というバランス感覚のある人みたいにさっぱりと言えるようになりました

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